このノートは旧Blogの2008年9月23日のコピーです
研究室運営を始めると、色々とこれまでには考えなかったことも考えるようになります。
研究の方向性の設定もその1つで、PD時代のように比較的自分の手持ちのスペック(できること)と興味を中心とした短期的な方向設定ももちろん立ち上げなので維持しつつ、長期的に研究室として積み上げを作ることによって初めて達成できること、などについても思い悩んでしまいます。
そんな折、知り合いのMさんがUri Alonがホームページで公開している“How to choose a good scientific problem”をBlogで紹介しているのを目にしたので、読んでみることにしました(Mol Cell version)。
このノートで参考にしたAlon氏の原稿は、Mol Cellに出版される前のもので、下記の言及はMol Cellの内容と異なることがあります。この文章と個人的な意見などを以下にまとめてみます。
2008年9月23日に加筆
まずAlon氏は、科学的な問題選択の基準として、
の2軸を挙げています。ただし面白い・面白くないについては、「知識をどれくらい増大できるか」という一見客観性の高めの表現とInterestingという主観的な表現がまじっている感じです。これは後で言及されます。
そしてものすごい大雑把にいえば、研究の各ステージにおいてこの比重を以下のように定めるべきだと主張しています:
この意見に対しては、私もほぼ同じ意見を持っています。ただ強いて違いを挙げるとするならば、 PDの選ぶべき問題についての具体性が乏しいのが気になりました。
実際PIになるためには、博士後半からPDの研究には何らかの一貫性がある方が望ましく、その意味でPDが選ぶべき「そこそこ難しくて面白い問題」は、2,3個の「簡単でそこそこの面白い問題」で構成されたり、1つ非常に面白い問題があって、その面白さをさらにサポートする2,3の「簡単でそこそこの面白い問題」で構成されていると、よりよいのではないか、というのが個人的な考えです。
具体的に問題にチャレンジする前にAlon氏は「はじめに頭に思いついた問題から手をつけるのは誤り」と指摘しています。そして、”do not commit to a problem before three months have elapsed” ルール(「3か月ルール」)を自分のLabの中で採用しているとコメントしています。
このルールについては、非常に好ましいと思います。特に私自身、いろいろなプロジェクトが乱立することによってLab内のメンバーの集中度が一時分散してしまった例を知っているのでなおさらです。
また理論についてもこれは当てはまるかもしれません。理論系の研究は簡単に始められるため、学生は色々と目新しいものに手を出してしまう傾向にあり、本質的にアプローチする問題をあぶりだす作業がおろそかな気がします。実験よりも時間的な余裕がある理論において、あえてこのルールを取り入れるのは非常に面白いのでないかと思います。
しばしば最近のビジネス系の啓蒙書などでも「捨てる技術」に対する言及がありますが、「3か月ルール」は根本的にはそれと同じものであるといえるでしょう。
先ほど出てきた2つの軸のうち「難しさ」というのは誰にでもほぼ共通ですが、「興味」に関する軸については主観性が出てきます。もちろん「一般の興味」と読み替えてしまえばいわゆる「インパクトのある研究」ということになるのですが、Alonの考え方は違うようです。
彼は「どうやって興味ある(おもしろい)問題を選ぶか?」ということが主観的な問題であって、かつその興味には以下の2つがあることを指摘しています:
彼の主張として
などを挙げています。
私としてはこの話は当たり前といえば当たり前の話であって、それを再度繰り返しているだけ、というのが正直な感想です。
どちらかというと、現状の問題点は、こういう内在的な興味に根ざす研究よりも一般的な興味などに重きを置いた研究が重視されるようになっている、という点で、以下にこれらを両立させてゆくか、というのが現状の研究者が置かれている状況だと思います。
また研究の資金獲得、という面でいえば内在的な興味に根ざす研究は多くの場合、成果が出て初めて理解される・受け入れられる、という側面が強く、結果研究過程では研究資金を得られない、ということになります。
他方で、一般の興味に根ざす問題は、その重要性やインパクトのわかりやすさから成果が出る前から理解はされやすく、必然的に多くの研究予算が配分されることになります。
私個人はこの辺のさじ加減というか、バランスというもので、最近かなり悩んでおり、その意味でAlonの文章は問題解決の糸口にはなっていないというのが正直なところです。
特に、理論研究者が画像やデータ解析・実験系の最適化などの問題にかかわることは、私自身は非常に大切なことであり、実際の生命現象(現実)を反映した理論を構築するために不可欠である、と考えているのですが、分野全体では、泥臭いことには立ち入らず理論として面白いものを作るという方が大切である、との見方が優勢を占めています。
そして「画像やデータ解析・実験系の最適化などがどれくらいいい理論に結びついたのか?」と言われれば、それはまだ始めたばかり・チャレンジしているところであるために、具体的な結果を示すことはできません(過去にさかのぼればHodgkin-Huxleyモデルなどはあります)。したがって、こういった問題は結果を示したあとでしか、重要性は理解されないのではないか、というのが最近の個人的な見解です。
このようなAlonの意見を参考に、自分のLabの方向性とチャレンジとを考えた時、もう1軸大事な軸があるのかな、ということに思い当りました。その軸とは、「その研究にはサポートが必要か?そうでないか?」という点です。
正直理論研究の場合、新しい研究にお金や特殊な機材がかからないので、よっぽど不安定な職でもなければ認められなくとも自分の志す研究を実現することは可能です。
一方例えば「理論研究者が理論研究に役に立つ実験を立ち上げる」、というようなことに挑戦する場合、どうしても実験機材やセットアップ、そして技術を持つテクニシャンやポスドクの人件費など、理論とは比べ物にならない初期費用とランニングコストがかかります。
重要性が理解されていない問題の中でも、結果が出ていない時点でのサポートが本質的に必要なのは、後者のようなものになるでしょう。そこでいかにサポートを取り付けるか、というのは個人的にはまだまだ未解決の問題だったりします。